「有名人になる」ということ

「有名人になる」ということ

短くはない前置き

現金で本を買ったのはいつ以来だろう。かなり久しぶりな気がする。たいてい図書カードや商品券などを持っているので、いわゆるリアル書店で買うときは、支払いはたいていそれらでする。今も謝礼でいただいた商品券がそれなりにある。

発作的にそうでもなくなることもあるのだが、私は基本的に本は厳選して買う。まして謝礼でいただいた商品券などで買う場合は、感謝の気持ちをこめて「これを買わせていただきました」と口にこそ出さないがそう言えることが自分なりにできる本を買う。

今回この本を読むのに、商品券を使う気はしなかった。立ち読みで済ませるつもりだった。しかし、ツイッターやそのリンク先のいくつかのブログなどの書評を読むうち、どうしても今日の通勤電車で読みたい!と思った。しかも定価が税抜き1,000円、あれ、安いじゃん。1,300~1,500円くらいかと思った。1回ちょっと高めの(私としてはだ)ランチをとったと思えばいいか。そして、読み終わったら、人にあげるもよし。なんだかずうっと手元に置いておく本ではないと思ったのだ。

購入する前に読んだブログで、一世を風靡した勝間和代というような表現があり、え?そうだったの?とまったく無知な私。ブームが去ってたの?テレビはあまり見ないので、テレビでの露出が減っているということも知らなかった。一方で、この前読んだ『つながる力』のアマゾンの書評であまりのアンチの多さに驚いていた。

購入前にアマゾンに飛んで、なぜか『結局、女はキレイが勝ち』の書評を見た。すさまじいな…。確かにあの表紙は…タイトルともどもある種の認知不協和を狙ったのかと思ったけど。私は当事者ではないが、さすがにあの怒涛のレビューにはひるんだぞ。

そんなこともあって、買うと決めてから、またちょっとためらいも生じた。それでも出勤時に家から一番近い駅前の本屋で探す。見つけるのにちょっと時間がかかった。

2冊あって、1冊は誰かが手にかけた後だった。きちんと書棚に戻っていない。もう1冊の方を手に取り、表紙に汚れがないかを見て、中もパラパラ見て、いったん書棚に戻した。となりにあった『放射能から子どもの未来を守る』を手に取り、読むべきはこちらかもと思いつつ、読みたい本はこっち!ともう一度チェンジして、レジに持って行った。

「カバーかけますか?」に対して、普段は「あ、いいです」ということが多いのだが、「はい」と答えた。ここまでの経緯で、勝間和代の本を読んでいると思われるのはちょっと恥ずかしいと思うまでになっていた。こういうのあんまり気にしないほうのはずなんだけど。

感想など

昨日の行き帰りの通勤電車の中とランチタイムの休憩中のガストで一度は読み終わった。「第2章 有名人になる方法」は途中でいったん飛ばして、最後に読んだ。

読み始めてすぐに感じたのは、ああ、勝間和代も内向的な人なんだあということ。「も」というのは他に誰を指すかというと有名人では、サッカーの中田英寿や野球の落合博満であり、無名人ではもちろん私である。自分自身はさておき、有名人に関しては、私の勝手な思い込みなのかもしれないが。

読んでいて、なんだか心地よかった。穏やかで清らかな心で書かれている。私はそう感じた。おお、ここ、のってきて気持ちが入ってきているというところもあったが、全編通じて冷静に謙虚に自己分析がされていて、非常に好感を持った。読後感もさわやか。

これで食ってかかるアンチの人は、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの類だろう。有名人になるデメリットとして、当然のごとく、いろいろたたかれることについて書かれている。その分析はすべて当たっていると思うが、ひとつ、おそらくあえて、触れられていないことがある。

勝間和代に冷静な批判を加えられない人は、どこか自身のコンプレックスを刺激されているのだろう。こんなことを正直に書いたら、それこそ炎上してしまうので、さすがにこれは避けている、とみた。誰にでもコンプレックスはあるが、それとどう付き合うかは、人格の問題だろう。

当事者でなければ書けないような体験を可能な限りで正直につづり、冷静に分析しているが、「個人」を「企業」に置き換えても、結局まったく同じように成り立つのではないかと思った。

有名人になるのは、企業が株式公開するのと同じだというたとえは、就職時には未公開企業で、おそらく今期中に一部上場する企業に勤めている私には、非常にわかりやすい。

個人で独立したい人はもちろん、企業を大きくしたい人にもいろいろ参考になることがあるのではないか。有名になることの負の側面とその対処の仕方に多くのページを割いているのも本書ならではだろう。

成功のダークサイドについては、勝間和代も読んで愚直に実践したという神田昌典の『非常識な成功法則』にも書いてあるが、それがより具体的に赤裸々に書かれている。アンチファンにはのぞき趣味的な歓びを与えるかもしれない。

パラパラ読み返していてはたと思ったのだが、本書でいう「有名人」とは、世間もしくは日本国内における有名人ということになるだろう。この「世間もしくは日本国内」というのを、自分が勤める「会社内」に置き換えてみると「有名人になる」というのは「出世する」というのと同じではないかと思った。

スケールは確かに違うが、それこそスケール変換である。メリット・デメリットどちらも似ている。さすがに休日に出かけたときに○○部長ですよね、ファンなんです!なんてことはないだろうけど。

ただ、プライベートでの「衆人環視」はないにせよ、社内での「衆人環視」には役職が上になるにつれ厳しくなるのは確か。何気ない振る舞いや発言など揚げ足取りが増えたりもする。

一方、出世のメリットは金銭面もまあそうだが、それよりも社内で自分の発言力が大きくなること、自分のやりたいことがより大きな助力を得てできやすくなることである。こういったことに興味がない人は、出世しても充実した人生を送れない。

類似点・相違点をいちいち挙げていくと単に長くなるだけなのでもうやめておくが、社内での出世を考えているビジネスマンにも実は役に立つのではないかと思い始めたしだい。

ともあれ、勝間和代は本書の執筆を通して「有名人ビジネス」のセカンドステージに進むための自身の足元を今一度見つめなおしたという印象も持った。今後どのような展開になるのか、第三者的に興味もあるし、陰ながらちょっと応援したいという気持ちにもなった。

商品券で買ってもよかったね。私にとっては、そっち方面には疎い経済学の考え方の流用とともに、いろいろな点でインスピレーションを得る貴重な本となった。

その後

ツイッターでご本人に話しかけたら、その後は以下のフェイスブック(とツイッター)の記事ですごいことに。その記事に対するコメントがまた何よりうれしかったわ。

購入・各種データ

文字はアマゾンに、画像は久しぶりに楽天ブックスにリンクを張ってあります。

「有名人になる」ということ (ディスカヴァー携書)

ここのところ楽天ブックスにリンクを張らなかったのは、アマゾンと違い、リンク作成が面倒だから。今回張ったのは、アマゾンと違い画像を大きく表示できるから。

新書はほぼタイトルだけの地味な表紙が私は好きだが(ただし以前の黄色地の講談社現代新書の表紙は好きだった)、この表紙は目立つ。イラストの力が大きい。売るにはこれくらいの工夫が必要ということだろう。

裏の帯のジーンズ姿の勝間和代は、例えばテレビの企画などで街中で写真を見せられ、この人誰でしょうと聞かれたら、私は正答する自信がない。自然体で好印象だ。本当に自然体ということはないのだろうけど、撮影だから。


混沌の書棚>自己啓発・ビジネス書>「有名人になる」ということ

初回更新:2012-05-03 (木) 11:27:15
前回更新:2012-05-24 (木) 08:58:57
最終更新:2014-06-21 (土) 09:59:34
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